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中世末の土蔵壁基礎の全体像

 中世末~近世初頭の焼失土蔵の調査は進んできました。下の写真のように、土蔵跡(遺構番号20003)は上面に堆積した焼土・炭まじりの火災整地層を除去した状態です。短辺約3m、長辺約6mの範囲に石列と塼列が置かれ、その外側に小礫が積まれている状態です、この石列・塼・小礫の上に土壁が構築されていたと推定されます。
今回の調査区では、他にも複数の焼失土蔵遺構が見つかっています。ただ、全体の規模がきちんとわかるのはこの遺構だけなので、貴重な成果です。
 下の写真は遺構の北側から撮影しているのですが、手前左つまり遺構北辺の東端だけが石列・塼列が途切れています。この部分が土蔵の入り口だったと想定されます。ということは、この蔵は敷地に北接する上立売通の方向に出入口があったことになります。推定すると、この土蔵をもつ家屋は上立売通りに面した敷地をもち、家屋の南側背後に蔵が置かれていたとも考えられます。やはり、近衛家邸ではなく、上立売通りに面した町屋の施設と理解したほうが良いのではないかと現場では話し合っています。
 室町時代後期~江戸時代はじめの洛中洛外図屛風には、上立売通は人通りの多いメインストリートだったように表現されています。賑わいに面した商家などの土蔵だったのかもしれません。


土蔵跡(遺構番号20003)壁基礎の全体がわかる↓
中世末の土蔵壁基礎の全体像_a0382672_11432634.jpg
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by chienkan19 | 2022-04-13 11:54