人気ブログランキング |

鎌倉時代と平安時代の溝

相国寺旧境内・公家町遺跡発掘調査は、終盤の局面に近づきつつあります。
下の写真は、調査区の東端から西方向をみたものです。
東西方向(厳密には東北東~南南西方向)に直線的に伸びる身をが3条みえています。
このうち南側の2条からは鎌倉時代の、北側の1条からは平安時代の土器が出土しています。

つまり、古代後半から中世前半の遺構が見つかっているということです。
これらの溝は屋敷地などの周囲を囲むものとも推測されますが、一方で東西方向の正方位にはのらないものです。
つまり、平安京の外側に条坊と並行して設けられた溝ではないということです。
これまでにも今出川通より北方の地域では鎌倉時代の遺構は見つかってますが、溝などは概ね東西・南北方向のものが多いです。
平安~鎌倉時代の平安京の北辺外部の地割の形成を考える上で、今回みつかった3条の溝は興味深いものです。
また、今後調査を進める最終遺構面では、これらの溝群に伴う時期の遺構・遺物が見つかる可能性があります。
今後の調査成果にご期待ください。
鎌倉時代と平安時代の溝_a0382672_10125429.jpg


by chienkan19 | 2020-02-20 10:22