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江戸後期の遺構面の全体写真撮影にむけて

きょうは、1区の第一遺構検出面の写真撮影を行います。下の写真(調査区を西から撮影)はその準備の真っ最中です。天明8年(1788)の大火の整地層での遺構検出面です。

写真の調査区の右端には、18世紀末以後に設けられた石組水路(これは近現代にコンクリート補修されています)があります。

また、調査区内には井戸や土坑がみられます。焼締陶器の甕を据えた土坑がみられ貯蔵施設もしくは水溜施設と思われます。

遺構密度はあまり高くなく、公家屋敷もしくは武家屋敷の中を掘っているんだろうなあと考えています。この発掘調査地点は、江戸末期(元治元年1864年)の京都の絵図をみると藤谷家という公家の北側に幕府の武家の屋敷がある地点にあたります。

さて、今ほっているのはどちらの屋敷の中なのでしょうか?
幕末の石組水路が両屋敷の境なら、写真に見る遺構群は武家屋敷のものといえるでしょう。


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by chienkan19 | 2019-07-25 11:30